ボランティアは偽善?

ボランティア活動をしている人に対して「偽善者」だと言う人も入れば、やらない善よりやる偽善だという人も居ますが、本人は善意でやっているつもりのボランティアが偽善だと言われると、どうしても反論したくなるのではないでしょうか。

ボランティア活動は良い事だと思われることも多いですが、何の為のボランティア活動なのか、それは偽善なのか、自分のやっている事は本当に人の役に立っているのか?という事などはボランティアをしている人なら考えた事があるかもしれません。

募金活動をしている若い人を見て「偉い」と思う人も居れば「そのお金はちゃんと支援に使われているのか?」と思う人もいるでしょう。

ボランティア活動にしても、他の事にしても、自分が「正しい」と思う事を人はしていくものですが、それを評価するのは「周りの意見」だという事について考えておかなければ、ボランティア活動をする事に対しても、自分の人生に対しても「他人の意見」を優先して考えてしまう事になるかもしれません。

自分が正しいと思っている事が、周りの人からしてみれば見当違いだという事もあるものです。

ボランティア活動をしていれば「偽善者」だと言われる事もあるかと思いますし、実際に偽善でやっている人も居るかと思いますが、「ボランティア活動をしていれば偽善者だと言われる事も在る」と受け止める事も大切なのではないでしょうか。

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【ボランティアが偽善だと言われる理由】

ボランティア活動をしている人がに対して、「偽善者」だという声が途絶えないのは、そのボランティア活動が「自分の為」である事が多いからかと思います。

元々人が何かの行動を取る理由は「自分の為」だと思うのですが、「人の為を装った自分の為」と捉えられる事から「ボランティアは偽善だ」と言われるのでしょう。ボランティアでなくても人の為を装った自分の為の行動は偽善だと捉えられるのではないでしょうか。

例えばボランティア活動によって自分が得られる事を考えてみると、「人の役に立つ事が出来る」「誰かを助ける事が出来る」「周りの人に褒められる」「良い人だと思われる」「人に求められる」などが挙げられるかと思いますが、人の役に立つ事や誰かを助ける事というのは、基本的には自分本位なものです。

自分以外の誰かの本当の気持ちを私たちは知る術がありません。

助けた相手から「ありがとう」と言われたとしても、それが本当に心からの感謝なのかどうかは、分からないのではないでしょうか。

大学生などで、会社に就職する為のアピールとしてボランティア活動をする人もいるようですが、それが良い事だと盲目的に思わない事も大切かと思います。もし何の為にボランティアをしたのかと問われれば、何と答えるのでしょうか。

その答えは偽りなのではないでしょうか。

ボランティアをしていて「良い人だと思われる」ことや「人に求められる」ことが嬉しいと感じボランティアをしてしまう人は、自分に自信がなかったり、誰かに自分を必要として欲しいという思いを持っている事が在ります。(承認欲求を手放す

だからボランティアをする事で自分に価値を見出そうとするのかもしれませんし、それが「偽善」だと言われるのではないでしょうか。

【自分が正しいと思う事をする】

ボランティア活動が偽善だと思われる理由は多くありますが、ボランティアが偽善だとしても、人は自分が「正しい」と思う事をして生きて行くことしか出来ないのではないかと思います。

ですので自分が「正しい」と思うのであれば、自分のボランティア活動が周りから「偽善」だと言われようと、自分が偽善者だと思われようと、自分が正しいと思った事をするのが良いのではないかと思います。(人に期待しない生き方

そう考えた時に、周りに非難されるのであればボランティア活動を辞めようと思うのであれば、そのボランティア活動は偽善だったのかもしれませんが、偽善だろうと何だろうと、その行動によって自分の人生を創っている事に変わりはありません。

いつの日かそれを自分が「正しくない事だった」と認識しても、人は結局「今」自分が正しいと思う事を行動していくしか無い、という事になるのではないでしょうか。(正しい生き方とは何か



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