自己犠牲の精神を手放す

自己犠牲の精神というのは「自分を犠牲にして誰かを助ける」という事に対してよく使われるかと思いますが、自己犠牲の精神を持って生きていると思うのであれば、その思いは手放した方がいいかもしれません。

自分を犠牲にしていると本人が思っていなければ、周りから見れば自己犠牲の精神を持っていると思っても、それは自己犠牲では無いのかもしれませんが、「自分を犠牲にして誰かを助ける」事に対して「本当はやりたくない」という思いを持つ事があれば、その思いを手放す方が、自分も周りも幸せに生きる事が出来るのではないでしょうか。

自己犠牲の精神を持っている人は、誰かを助ける事で自分が救われていたり、自分は正しい事をしていると思い自分の価値を高めている事もあるかと思います。

自己犠牲が美しいという価値観を持っていれば、自己犠牲の精神で生きる事を選択するのかもしれませんが、その自己犠牲の精神について少し考えてみるのもいいのではないでしょうか。

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【自分が犠牲になるという思い】

自己犠牲の精神というのは、自分が「犠牲になる」という思いの元に立っていますが、自分が犠牲になれば誰かが助かるのであれば、喜んで犠牲になろうという人も居れば、なぜ自分が犠牲にならなければいけないのかと思う人もいるでしょう。

どちらが良いという訳ではなく、それぞれの価値観や考え方の違いでその答えというのは変わって来るかと思いますが、自分が犠牲になる事で誰かが幸せになる、というのは思い上がりかもしれません。

人の幸せはその人が決める事であり、自分の幸せは自分が決める事だという思いを私は持っているので、そう思わない人もいるだろうとは思いますが、自分が犠牲になる事は素晴らしい事でも良い事でも無いと感じます。

自分が犠牲になる事で幸せを感じるのであれば、その道を歩む事も良いかもしれませんが、自分が犠牲になる事に対して違和感を感じるのであれば、自分の行動に対する動機を見直してみるのも大切なのではないでしょうか。

自分が犠牲になる、というのも本人が「犠牲になっている」と思わなければそれは自己犠牲ではない、という事もありますので、結局は自分が「正しい」と思う事をするだけかもしれませんが、誰かの為を思ってやってあげたのに、というような思いがあれば、自分を犠牲にして望まない人生を歩んでいないかを考えてみてはいかがでしょうか。

【誰かの為を手放す】

自己犠牲の精神を持っている人は「誰かの為に」自分を犠牲にし、「誰かの幸せが自分の幸せ」だと感じる事もあるかもしれません。

人の事を思っての行動や、人の幸せを思っての行動というのは良いものだと思いますが、それによってもしも自分の幸せを遠ざけてしまっていたり、望まない人生を歩んでしまっていると思うのであれば、それが本当に誰かの為なのか、という事や、自分の心に正直になる事についても考えてみるのがいいかもしれません。

自分が人の為にと思って行動した事が、本当に相手の為になっているという確証も無いものですし、多くの人に支持されたとしても、それが本当に正しい事なのかという事は分からないのではないでしょうか。

誰かの為の行動を取るよりも、自分が今幸せを感じながら生きる事の方が、多くの人に幸せを届けられる事に繋がるという事もあるものです。

誰かの為に、という行動の元に「見返りを求める自分」が居れば、誰かの為に取る行動はしない方が、自分の人生を生きる事が出来るのではないでしょうか。(見返りを求めずに生きる方法

【自分の幸せに目を向ける】

自己犠牲の精神で生きている事によって、自分の生きたい人生を歩む事が出来ていないと思うのであれば、自分の幸せに対して目を向け、幸せを感じる事へと焦点を当てて行動していく事も大切かと思います。

自分が幸せを感じる事、そしてその幸せを分かち合うことで、結果的に多くの人と幸せな関係を築いて行く事が出来るかと思いますし、自分の人生で関わる人達とより良い人生を創造していきたいと思うのであれば、自分を犠牲に誰かの幸せを考えるのではなく、お互いの幸せを望み合う関係を持てるように考えてみても良いのかもしれません。

その為にも、自己犠牲の精神を手放す事で、自分の人生をより自分の望む方向へと向かう事が出来るのではないでしょうか。(正しい生き方とは何か



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