理解されようとしない

あなたは誰かに認められたい、理解されたいと思うでしょうか。
人に理解されたいという思いは、殆どの人がもっているものだと思いますが
自分を主張しすぎることは、逆効果かもしれません。

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人は理解されたいという思いが心の奥にあり

理解される事によって、自分の事を分かってくれる人がいる事や

自分の意見が正しい、つまりは「自分は正しい」という事の証明

共感などによって1人じゃないという事で安心したりするのかなと思います。

だから自分の事を理解して欲しくて、共感して欲しくて自分の意見を言ったりする。

と思うのですが、例えば友人が気持ちを分かって欲しくて話をしている途中に

「こうしたらいいんじゃない?」とか
「じゃあこうするべきだ」とかいう意見をあなたが挟むと

友人は言いたい事が言えずに、不完全燃焼ですよね。

さらには共感を得る事も、自分が正しい事の証明も出来ていないので
いい気分ではありませんよね。

するとあなたの話を聞く耳も半分ぐらい閉じてしまいます。

人の話を最後まで聞きましょうという事は
小さい頃から周りの人が言っているかもしれませんが

これは自分は理解しているとか、その解決策を知っているとかいう問題ではなく

その人の事を本当に理解しようとしているかどうかですよね。

人の話を最後まで聞くという事は
その人を理解する事に徹している行動と言えると思います。
固定観念を捨てる方法

自分の主観的な意見を挟まずに、その人の意見や
その人が見ている現実を理解しようと思うのならば

自分が理解されたいから、自分の意見が正しいという事を証明したいからといって
話の途中で自分の意見を入れるのは違うのではないかと思います。

そこが「議論する場」ならば、遠慮なしに自分の意見を言って行く事で
お互いに新しい考えや気づきがあったりすると思いますが

理解を求められているのならば、まず理解する。完全には理解出来なくとも
理解しようとする姿勢は伝わると思います。

例えば自分の話を沢山聞いてくれた人って、親近感がありませんか?

理解してから理解される」という言葉がありますが
自分を理解して欲しいと思うのならば、まず自分が理解する側になるという事ですね。



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